他の写真を見ると、けっこうな美人です。
どうしてこの、ちょいブスに見える写真を使ったのかな。
何とも微妙なちょいブスっぷり、そそる人にはそそることでしょう。私もそそられました。
さりげなくバラード……
待ち焦がれた想いをフィル・コリンズのニュー・シングルはうめてくれる
1980年代のアメリカ映画は、ソ連への敵意をむき出しにしているシナリオも少なくありません。
レーガン政権の影響が映画界にどれだけあったのかはともかく、遠慮なく敵として描ける陣営の存在というのは作り手にそうとう重宝されたことでしょう。
見ている側としては「やれやれ相手はまたソ連か…」と思うこともしばしば。
映画『ホワイトナイツ/白夜』は、そういう作品群の代表作と言ってもいいかもしれない。
私がこの映画でいちばん印象に残っているのは、監視をしていたチャイコがつられて踊ってしまう場面。
憎いぜソ連!ひどいぜソ連!で塗り固められるはずの作品に、この場面がもっと大きな視点を注入しているように感じるんですよ。ああ敵方だって人間なんだな、といったような。
ちなみにチャイコを演じたのは、イエジー・スコリモフスキーという人。只の俳優ではありません。詳細はグーグル検索でもして下さい。
ホテルから電話してきたお前
オレ以外のチンポの味はどうなんだい
別れなきゃよかったとか
ひとりだと寂しいとか
勝手なことぬかしやがる
オレも寂しいかだって
ふざけたこと聞くんじゃない
お前にやさしい言葉をかける
資格なんかないんだ
オレたちの関係は終わったのさ
別々の道を生きるしかない
お前が去っても耐えたよ
うまく隠したつもりだろうが
愛が消えたのはわかったから
お前の好きにさせるしかなかった
だから今は別々の道を生きてる
愛の終わりなんてこんなもんさ
心の中に壁ができてしまい
その壁がだんだん高くなるわけ
だからオレに寂しいかだって
ふざけたこと聞くんじゃない
お前にやさしい言葉をかける
資格なんかないんだ
いつかまた逢う日が
来るかもしれないけど
とりあえず今は別々の道を
歩んで行くしかないよ
だいたいこんな歌詞でしょう。最後の方に、ほんのちょっぴり未練が感じられますね。
なお、この曲を作ったのは歌手でソングライターのスティーヴン・ビショップ。
ビッシュ本人が歌ったバージョンもあるようです。
これは中学のとき、英語の授業で習いました。
「一発やろうぜ」とかいった歌詞ではないので、教材に適していたのでしょう。
印象的なメロディに乗せ、これ以上ないくらいめいっぱい押し出した友情賛歌。いやあ、胸が熱くなりますね。
しかしこの頃、サイモンとガーファンクルはとても仲が悪く、この曲のレコーディングも顔を合わせることがなかったとか。別の日に録った各々のパートを、ダビングで合成したようです。何が友情だボケナス。
奈保子の指先がちょっぴりいやらしい雰囲気ですね。
それにしても綺麗な手をしているのう。入念なライティングのせいかもしれません。
さて、インヴィテーションといえばアル・ヘイグのアレを思い出してしまいます。
河合奈保子とアル・ヘイグ。
たぶん何のつながりもないでしょう。どこかに接点あったかな?
奈保子のピアノの先生が「これ、勉強になるから聴いてごらん」とアル・ヘイグのアルバムを薦めた、なんてことはなさそうだし。
この頃70kgくらいだった徹さんは、次第に増量し、ピーク時に130kgもあったらしい。
130kgってあんた…。
橋本真也やブルーザー・ブロディと同じくらいになるのかな。
ジャッキー・チェンと徹さんがビールのCMで共演した際、サホ・ハンと間違えられた、なんて笑い話もあったくらい。
でも徹さんの現状は、とても笑っていられるような生易しいものではありません。
先月、糖尿病が悪化して予定していた舞台を降板したそうです。
今でも入院中だとか。どうかお大事に。
徹さん、マヨネーズもほどほどにしなよ。
CMタイアップによりこの曲がヒットした頃、はたして南国フルーツが昭和の食卓をどれだけ飾っていたのでしょう。
少なくとも私の舌には、キウイもパパイアもマンコーも、この時点では未体験でした。
どんな味がするのかな、甘いのかな、酸っぱいのかな?
トロピカル(またはトロピック)という言葉に、異国への憧憬をかき立てられたあの頃。
天国にいちばん近いと謳われたニューカレドニアに、日本からの新婚旅行客が殺到していたのもたしかこの頃じゃなかったっけ。
レコードを売り出す水準に達していない歌唱力です。
もっと練習してからレコーディングに臨みましょう。
なんて現代の感覚だから言えること。
当時はこの程度でもレコードを出せたし、実際この程度がゴロゴロしていたわけです。
とりわけ武田久美子は、歌で魅了するという勝負をハナから放棄したせいか、オナペットとしての活路を早い時期から見出していたように思えます。
後年、その方面で開花することを考えれば、歌のレッスンなんてしても意味なかったわけだし。
インベーダー・ブームの少し後だったとはいえ、映画、主題歌ともども、大ヒットしましたね。
今回、ホイ兄弟が舞台にしたのは、視聴率競争にシノギを削るテレビ業界。
失敗したらビルのてっぺんから飛び降りなきゃならない、というのが、当時小学生だった私には怖かったです。時間を計っている重役とかいるし。
バナナマラとストック・エイトキン・ウォーターマンの邂逅は、まるでマイルス・デイヴィスとギル・エヴァンスのような音楽的発展の相乗効果をもたらし、80年代後半のダンス・ミュージックをリードするに至ります。
そのエポックはみなさんご存知の「ヴィーナス」ですね。あれは流行りました。
この「モア・ザン・フィジカル」は「ヴィーナス」とほぼ同時期の作品。しかしこれはあんまり流行らなかった。
なぜ流行らなかったのか。両方聴き比べてみれば瞭然。誰が聴いてもわかる。
「ヴィーナス」のインパクトに比べると、「モア・ザン〜」は押しが弱いんですよね。無印象というか。
おいそこのお前
何カッコつけてんだよ
お前の望みはわかってるんだ
こっち来て一発やろうぜ
たっぷりサービスするからさ
彼は言った「激しいね」
私は言った「ヤリマンて言いたいんでしょ」
心の底から
この快楽を受け入れよう
私はワクワク期待している
ただのセフレじゃないから
興奮しちゃって
自分の心を隠せない
おいそこのお前
ヒマそうだな
こっち来て技を披露せいや
いいヒマつぶしになるぜ
ゾクゾクするほど気持ちいい
彼は言った「いやらしい性器だな」
私は言った「動いたらすぐ昇天するよ」
心の底から
この快楽を受け入れよう
ただのセフレじゃない
あまり正確に訳していません。
ディスコ向けの音楽の大半はセックスを扱っているので、遠慮なく意訳しました。
もしかしたら全然違う意味だったりして。
歌に人生を織り込めた男、ポール・ヤング。
全米、全英で大ヒットとなったラヴ・ソング。
オリジナルはダリル・ホールとジョン・オーツ。
H&Oのファンから、このカバーは嫌われているようです。
嫌われる理由は簡単。このカバー・バージョンが1位になってしまったからです。
両方聴き比べれば誰でも、H&Oの方に軍配を上げることでしょう。
相手がダリル・ホールではハナから勝負になりません。輪島とトム・マギーのシングル・マッチみたいなものです。って比喩がわかんねえ。
ヒットさえしなければ、H&Oのファンもそれほど腹が立たなかったのではないかな。
私は、ポール・ヤングをそれほど嫌ってません。
この男、自分でいい曲を作ろうとして、うまく作れなかったらしい。
そこで他人の作ったいい曲を歌うことにしたんだとか。わかりやすくていいじゃないか。
シングル・カットされなかったH&Oのこの曲を引っぱり出してくる着眼点が冴えています。
自分でいい曲を作れなくても、いい曲というものがわかってるんだこの男は。
ちなみに当のH&Oは、このカバーを聴いて不快感をあらわにしたとか。このあたりがH&Oのファンに嫌われている一因かもしれませんね。
オリジナルとカバーの邦題は区別されており、前者は「エブリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」、後者は「エヴリタイム・ユー・ゴー・アウェイ」です。え、誰も気にしてない?
なお映画『大災難P.T.A.』の終盤で流れた同曲のカバーは、このポール・ヤング版のアレンジを下敷きにしています。サントラ未収録なのが残念。